☆勉強会のお知らせ(秋吉 好)

2024年3月9日

 ようやく花の季節になりました。3月の第360回の勉強会は、吉田修一の『悪人』を読みます。この小説は2006年3月24日から翌年1月29日まで朝日新聞に連載されたもので、佐賀と福岡の県境にある三瀬峠で、深夜、大学生に放置された女を助けるつもりが、悪態をつかれて殺した解体作業員の男と、彼と逢って初めて人の温もりをを知った女が、逃亡の果てに警察に捕まるまでの物語を通して、人間の値打ちとは何か悪人とは何かを問いかけます。ご参加下さい。

 

2024年2月10日

 年頭の大地震や先日の大雪など、自然の脅威に対して人間の無力さを見せつけられた2024年のはじまりですが、今年もひたすら文学をしていきます。2月の第359回の勉強会は、須賀敦子の『ユルスナールの靴』を読みます。この長編エッセイは1994~96年に雑誌「文藝」に連載されたもので、須賀が敬愛するフランスの小説家マルグリット・ユルスナールの生涯と作品に、彼女の境遇や生きざまをかさねて書いたもので、須賀敦子という存在の確かな足跡を感じることができます。ご参加下さい。

 

2024年1月13日

 遽しかった一年が過ぎようとしています。新年の第358回の勉強会は、開高健の『破れた繭 耳の物語Ⅰ』を読みます。この小説は、『夜と陽炎 耳の物語Ⅱ』を合わせた『耳の物語』として昭和62年(1987)の日本文学大賞を受賞しました。人間には耳底に音として刻まれた記憶の数々が体感として残っています。『耳の物語』は、そうした音にまつわる記憶を介して、自らの前半生を綴る自伝的小説であり、それを私という一人称を拝した文体で、あざやかに蘇らせています。ご参加下さい。

 

2023年12月9日

 雪の便りを聞く頃となりました。12月の第357回目の勉強会は、石川淳の『白頭吟』を読みます。この小説は58歳になった石川淳がアナーキズムに共感した20代のころを想起して、昭和10、11年の世情を背景に、代議士の父親に反抗する20歳の大学生と、爆弾テロを企てるアナーキストの兄と演劇をめざす妹の兄妹を軸にストーリーを展開したもので、発表時の60年安保前の時代状況にもリンクしています。ご参加下さい。

 

2023年11月11日

 紅葉も深まりました。11月の第356回の勉強会は、室生犀星の文芸文庫版『蜜のあわれ・わかれはうたえどもやぶれかぶれ』の表題作2作を中心に読みます。『蜜のあわれ』は昭和34年発表で、金魚の化身の少女と老作家とゆうれいとの対話だけで展開する小説で、シュールで艶っぽさが際立ちます。『われはうたえどもやぶれかぶれ』は昭和37年5月の犀星の死の1カ月前に発表された作品で、前年の入院体験に取材しています。結局、彼はそのとき判明した肺ガンで亡くなります。ご参加下さい。

 

2023年10月14日

 ようやく秋らしくなりました。10月の第355回目の勉強会は、大西巨人の『迷宮』を読みます。大西巨人は『神聖喜劇』が有名ですが、1995年に刊行されたこの作品は。72歳になる元高校教師の死が、自殺か他殺かをめぐって。推理小説的手法を使って謎解きをします。彼は教師になる前から作家活動をし、それとの関連で他殺が疑われますが、本題はそこにはなく、「人生と死との社会的にして存在論的な・今日的にして永遠的な主題の孤軍独行冒険的な追究」ということになります。ご参加下さい。

 

2023年9月9日

 残暑厳しい中にも、秋の気配を感じます。9月の第354回の勉強会は、大原富枝の『於雪 土佐一條家の崩壊』を読みます。この作品は、戦国時代の土佐幟多の荘園を背景に、摂関家の流れを汲む土佐一條家の当主一條兼定を、側室の於雪御前の側から書いています。兼定は四国統一を目指す長曾我部元親に豊後に追われ、キリシタンに改宗し、一度は反抗を試みます。だが敗れて。宇和海の辺島に隠居させられます。そこで信仰を深め、ようやく平穏を得て生涯を終え、於雪もそれに殉じます。ご参加下さい。

 

2023年8月12日

 猛暑が続きます。8月の第353回の勉強会は松本清張の『遠い接近』を読みます。この作品は『黒の図説』シリーズの第9話で、「週刊朝日」の1971年8月号から翌年4月号まで連載されました。家族を養うために軍事教練に出なかった33歳の男が、ハンドウをまわされて(見せしめのために)徴兵された私怨を、戦後、徴兵担当者に復讐する話を主軸に、暴力や情実やコネや利害が支配する軍隊の理不尽さを暴きます。現代のロシアのウクライナ侵略のように、無意味な侵略戦争に駆り出される兵隊と、愛国心から祖国の防衛のために戦う兵隊との落差を強く感じます。ご参加下さい。

 

2023年7月8日

 梅雨明け近くになりました。7月の第352回の勉強会は西村賢太の『苦役列車』を読みます。この作品は2010年「新潮」12月号に発表され、第144回芥川賞を受賞しました。19歳の北町貫多は父の性犯罪で家庭が崩壊し、中学卒業後、港湾の荷役労働で希望のない日々を送り、劣等感が強く、友だち付き合いも出来ず、騒ぎを起こして別の会社へ移るころ、私小説作家の藤澤清造を知ります。併録の『落ちぶれて袖に涙の降りかかる』は、四十歳の小説書きになった貫多が、文名をあげるために、川端賞受賞の電話を待ち続ける話です。ご参加下さい。

 

2023年6月10日

 梅雨に入りました。6月の第351回の勉強会は池澤夏樹の『カデナ』を読みます。この作品は2012年に新潮社から刊行されました。1968年2月にカデナに配属されたB52は、北爆をくりかえします。その出撃計画書をフィリピン系アメリカ人の女性曹長が持ち出し、それをベトナムへ伝えるという男女4人のスパイ活動や、米兵を脱走させる大学教師が中心の市民グループの活動など、組織に拠らない市民レベルでの戦争に反対する行動を通して、1975年のベトナム戦争終結までの沖縄カデナの情況を書いています。ご参加下さい。

 

2023年5月13日

 新緑の頃となりました。5月の第350回の勉強会は三浦哲郎の『おろおろ草紙』を読みます。この作品集は昭和57年刊行の『おろおろ草紙』と昭和58年刊行の『暁暗の海』(他の2作を所収)を併せたものです。表題作は天明の飢饉を記録した形の小説で、『暁暗の海』は幕府の黒船に囲われ函館で解放される顛末を書き、『北の砦』は津軽藩に徴用された百姓が極寒の斜里で一冬を過ごす話、『海村異聞』は遭難して十年後に戻った漁師が伝えた漁法で飢饉をしのいだが大津波で村が全滅します。それぞれ八戸や津軽の難民が大変事に直面して極限まで追い詰められた状況を書いています。ご参加下さい。

 

2023年4月8日

 桜の季節となりました。4月の第349回目の勉強会は、多和田葉子の『献灯使』を読みます。この作品は集は、放射能障害で死ぬことが出来ない108歳の曾祖父が無名という名前の曾孫を育て、彼が15歳になってインドマドラスの国際医学研究所へ密航するまでを書いた表題作と、2011年と、2017年の巨大地震で壊滅した日本に生きる女性、戦闘機が原発に落ちて放射能汚染が拡散した状況、日本から脱出する政治家、大洪水による人間絶滅後に生きる動物を書いた戯曲など、地球環境の崩壊や国家システムの壊滅的状況、人間絶滅後の世界など、デストピアの中で生きる意味を問いかけます。ご参加下さい。

 

2023年3月11日

 梅の花の咲く頃となりました。3月の348回目の勉強会は、葛西善蔵の岩波文庫『子をつれて』所収の『哀しき父』『子をつれて』『不良児』『おせい』『蠢く者」『椎の若葉』『湖畔手記』を読みます。この短編集は、25歳で同人誌「奇蹟」に発表した『哀しき父』から、37歳のときの『蠢く者』以下を経て、翌年の『血を吐く』までの代表作を集めています。彼は41歳で亡くなりますが、これらの作品から感じることは、文学をすることの真剣さはもとより、生き様と小説が密着する「私小説」の息苦しさではないかと思います。そしてそのことは、「文学をする」とは何であるのかという問いを、改めて突きつけてきます。ご参加下さい。

 

2023年2月11日(土)

 厳しい寒さが続きます。2月の347回目の勉強会は、車谷長吉の『飆風』を読みます。この作品集は平成17年2月に刊行され、前年に発表された小説とエッセイを収めています。『桃の実一ケ』は一族の因縁が桃の実一ケ百萬円でも退散しないのを嘆く母親の口説きで、『密告』は女にだらしない親友の素行を暴いた手紙が彼を自殺に追い遣る話、『飆風』は詩人の高橋順子と結婚し、文学することや結婚の負担から胃潰瘍や強迫神経症にかかった経緯を書き、さらに、『私の小説論』では、死ぬために生きて書く作者の覚悟を述べています。ご参加ください。なお、緊急事態宣言が発令されたときは中止です。

 

2023年1月14日(土)

 今年も勉強会への参加、ご苦労さんでした。新年1月の346回目の勉強会は、下記のとおり、村上春樹の『騎士団長殺し(上・下)を読みます。初出は2017年で、妻から離婚を切り出された画家の「私」が、山荘で暮らすことになり、偶然、彼の描いた『騎士団長殺し』という日本画を発見し、それに籠められた過去や現実と想像が錯綜するメタファーの世界に入り込み、そこを潜り抜けて妻との関係を回復する物語で、推理小説的な方法を加味した大掛かりな仕掛けに満ちた文学世界を創っています。ご参加下さい。なお、緊急事態宣言が発令されたときは中止します。

 

2022年12月11日(日)

 師走になりました。12月の345回目の勉強会では、下記のとおり、木山捷平の『白兎、他9編』を読みます。これらの短編は、昭和20年8月のソ連開戦後の満洲の新京(長春)での生活を書いた『白兎』から、昭和43年の知人の娘の結婚式に出る直前を書いた『大安の日』まで、満洲から引き揚げて上京し、門の無い小宅に住まう木川の日常に取材したもので、逞しく生き延びる生の強さを感じさせます。ご参加下さい。なお、第8波で緊急事態宣言が出れば中止にします。ご了承下さい。

 

2022年11月12日(土)

 秋も深まりました。11月の344回の勉強会では、下記のとおり、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』を読みます。この小説は、1985.5~87.6に「文學界」に連載され、彼の死後の87.10に刊行され、翌年、読売文学賞を受賞しました。高丘親王は桓武天皇の孫で、嵯峨天皇の皇太子でしたが、父の平城上皇が復位と平城遷都を策した薬子の変(810.9)に敗れて、廃太子となり、修業を重ねて空海の弟子になりました。空海の死後、唐に渡り、さらに、天竺を目指して航海に出ましたが、最後は虎害に遭ってという伝承があります。されを元にして、澁澤独自の脚色を施して書かれています。ご参加下さい。

 

2022年10月12日(水)

 ようやく秋らしくなりました。10月の343回目の勉強会では、下記のとおり、森崎和江の『まっくら』を読みます。この作品は、雑誌「サークル村」に1959年から連載された『スラをひく女たち』という聞き書きを基にして書かれ、1961年に刊行されました。戦後、女性の坑内労働は禁止され、炭坑そのものも廃れましたが、明治から昭和前期にかけては、女性も坑内労働の重要な担い手でした。彼女たちは自立心が強く、森崎はそれを男女平等意識の先駆的なものとして捉え、それは現状の労働環境に於ける性差別問題にも通有しています。ご参加下さい。なお、水曜日の開催ですので、お間違えなく。

 

2022年9月11日(日)

 酷暑の上に、新型コロナウイルスの第7波が猛威をふるっています。相変わらずのゴタゴタですが、大阪府では医療非常事態宣言が出され、高齢者の外出自粛要請が求められています。こうした事態を考え、8月の勉強会は、下記のとおり9月に順延します。1945年3月26日から6月23日の沖縄戦では、全島挙げての米軍に立ち向かい、中学生や師範学校生は鉄血勤皇隊として参戦しました。この小説は作者の二歳歳下の少年兵が、九死に一生を得て、最後は米軍の捕虜となるまでを克明に書いています。(吉村昭『殉国 陸軍二等兵 比嘉真一』 文春文庫)

 

2022年8月13日(土)

 新型コロナ感染拡大のため中止、順延致します。

 

2022年7月9日

 暑い日が続きます。当会では7月も第341回の勉強会をひらき、岡本かの子の『河明り・老妓抄・東海道五十三次』を読みます。これらの作品はかの子の死の前年の昭和13年に書かれたもので、『河明り』は遺稿となりました。青年の覇気に夢を託した老妓、東海道五十三次の探査に魅入られた東海道人種、河の流れに身を委ねるような菱垣廻船問屋の娘など、それぞれ人間洞察に富んだ佳作といえましょう。ご参加ください。なお、新潮文庫ではなく、岩波文庫に変更します。

(新型コロナの感染状況で中止する場合、メールやLINE,電話などで周知します。)

 

2022年6月11日

 田植えの頃となりました。当会では6月も第340回の勉強会をひらき、石牟礼道子の『椿の海の記』を読みます。昭和50年刊行で、家の没落や夫への不信から精神を病み盲目になった祖母に寄り添う幼児の私と、昭和初期の水俣の自然や風土、地霊や神霊との交歓を情感豊かに描き、それが営利第一主義の新日本窒素の吐き出すメチル水銀に破壊される恐怖と怒りを背景に浮き上がらせます。ご参加下さい。なお、新型コロナの感染状況の悪化で中止する場合、事前にメールや電話連絡などで周知します。

 

2022年5月14日

 新緑の季節となりました。当会では5月も第339回目の勉強会をひらき、井上ひさしの『一週間』を読みます。この小説は2010年4月9日に亡くなった彼の遺著として6月に発表されたもので、ハバロフスクの日本新聞社で働くことになったシベリア抑留者が、偶然手に入れた、少数民族を裏切って社会主義の利益を優先させる、レーニンの変節を証拠立てる手紙を利用して、極東赤軍幹部と渡り合う話で、「むずかしいことをやさしくかく」彼の文学姿勢が貫かれています。ご参加下さい。なお、新型コロナの感染状況が悪化して中止する場合、事前にメールや電話連絡などで周知します。

 

2022年4月9日

 桜の咲く季節となりました。当会では4月も第338回の勉強会をひらき、梅崎春生の『狂い凧』を読みます。この小説は昭和58年(1983)「群像」1月号~5月号まで連載されたもので、戦時中、双子の弟が内蒙古で喘息から麻薬中毒になり、帰国寸前に自殺した経緯を、兄の大学講師がたどる話を主軸に、戦前から本家の家長として弟一家に関わりを持ち続けた伯父を養老院に入れる決意をするまでを書いています。ご参加下さい。なお、新型コロナの感染状況が悪化する場合は、中止することもあります。そのときは、事前にメールや電話連絡などで周知します。ご了承ください。

 

2022年3月12日

 オミクロン株による感染がひろがっています。2月の第337回の勉強会も開催を危惧するところですが、一応、古井由吉の『仮往生伝試文』を読むこととします。この小説は、平安時代末期の末法思想に基づく往生伝や定家の日記、今昔物語などを渉猟して、往生伝に現代的解釈を施しながら、日記形式の随想に綴ったり、想像力を駆使して、来世を信じることのない現代における往生伝の在り方を試みています。ご参加下さい。ただし、感染状況がさらに悪化する場合は中止することもあります。そのときは事前にメールや電話連絡などで周知したいと思います。ご了承ください。

 

2022年1月8日

 年末寒波が襲来しています。今年は1、2、4、5、6月と勉強会が流れました。2022年はパンデミックの終熄を願いつつ、1月の第336回の勉強会では、1998年発表で第119回の芥川賞を受賞した藤沢周の『ブエノスアイレス午前零時』を読みます。都会に挫折して郷里の温泉ホテルで働くカザマと娼婦をしていたと噂のある盲目で認知症が進む老女ミツコ。孤独な人間同士が、幻想裡での束の間の触れ合いを感じながらタンゴを踊り、アストル・ピアソラの同名のタンゴ『ブエノスアイレス午前零時』の哀調を帯びた演奏が重なります。ご参加下さい。

 

2021年12月11日

 今年もあとわずかになりました。12月も第335回の勉強会を行い、堀田善衞の『時間』を読みます。この小説は1955年発表で、1937(昭和12)年11月30日から翌年9月18日までの陳英諦の日記形式により、日本軍の南京入城に伴う「殺、掠、姦」の暴虐、いわゆる「南京大虐殺」を浮かび上がらせます。英諦は妻子を殺され、従妹も強姦され、自らも機銃掃射に遭って辛うじて生き延び、日軍に接収された自宅で奴僕となりながら、密かに国軍の諜報工作をします。日軍の暴虐、国内の混乱、漢奸に対する嫌悪など逃げようのない状況下に生きる知識人を通して、日軍占領下の南京を描いています。ご参加下さい。※残念ですが、忘年会は中止とします。

 

2021年11月13日

 紅葉の季節となりました。11月も第334回の勉強会を行います。今回は2013年発表の辺見庸の『青い花』を読みます。2011年の東日本大震災と想定される震災後に中国との戦争を仮定した近未来小説で、「わたし」は妻子も両親もすべてを亡くし、祖国防衛戦争にも加わらず、ひたすらポラノンという青い錠剤の公認覚醒剤を求めて、廃墟の中を線路伝いに歩いていくといった物語で、その叙述に意識の流れや妄想や言語遊びなどが絡まり、ポラノン中毒のような混沌とした世界を描いています。ご参加下さい。

 

2021年10月9日

 秋本番。今月末の緊急事態宣言解除に伴い、10月も第333回の勉強会を従来どおりに行います。今回は昭和40年発表の金子光晴の『絶望の精神史』を読みます。昭和48年の「明治百年」に際して、明治維新から「大東亜戦争」までの日本を肯定する風潮がある現状を批判し、金子がときどきに出会い、絶望のうちに生涯を終えた人々から別の日本人観を引き出し、それに対峙して「明治百年」の意義を問い直します。こうした作業はそれから50年近く経った現在でも十分に通用するものであり、日本現代とは何かを考える手掛かりとなります。ご参加下さい。

 

2021年9月11日

 残暑が厳しい中にも虫の集く声のする頃となりました。緊急事態宣言の発出中ですが、「エルおおさか」が開館しているので、第332回目の勉強会を行います。今回は有吉佐和子の『非色』を読みます。敗戦後、黒人伍長と結婚した笑子は、肌の黒い娘が差別されるのを心配して、夫のいるニューヨークへ行きます。人種差別がひどくハーレムでの生活は極貧ですが、次々と子供も生まれ、「ニグロ」として生きる決意をします。笑子の必死に生きる逞しさや感動を与えると共に、今なお続く人種差別や色々な差別の問題を突きつけてきます。ご参加下さい。

 

2021年8月14日

 暑い日が続きます。新型コロナウイルスのワクチン接種は終わりましたか。ご承知のとおり、8月2日より8月31日まで、大阪府に4度目の緊急事態宣言が出されました。前回までは、それに伴い「エルおおさか」は休館でしたが、今回は開館していますので、第331回目の勉強会を開きます。感染力の強いデルタ株が広がっていますが、「エルおおさか」の指針に沿って万全の注意を払います。今回は田中小実昌の『ポロポロ』を読みます。彼が強い影響を受けた父親の独立教会の信仰と、敗戦の直前に召集され、戦闘もない中国戦線で疫病に苦しんだ体験をテーマとしています。ご参加下さい。

 

2021年6月13日(日)

 5月の勉強会は中止のお知らせ。

 コロナ禍の厳しい状況が続きます。残念ですが、4月に引き続き5月も勉強会を中止とします。ワクチン接種もどうなるかわからない現況では、とても勉強会を開くことは出来ません。国民を蔑ろにする衆愚政治の弊害が、これほど如実に出てくる国は少ないのではないでしょうか。ともあれ、先の見通しは立ちませんが、6月には勉強会を開いて、深沢七郎の『みちのくの人形たち』を読みたいと考えます。深沢七郎は『楢山節考』以来、近代主義を否定する文学を切り開いてきた人であり、晩年にも独自の文学観が表現されています。

 

2021年4月10日

 コロナ禍が続きますが、桜の季節となりました。本会では、感染に注意しながら、第330回の勉強会を開きます。今回は中公文庫所収の深沢七郎の『みちのくの人形たち』を読みます。これらの短編は、昭和54年から55年にかけて発表されたもので、多くは日本の近代主義にまつろわない固有の土俗や習俗などに根ざす作品群といえます。一般的にはすでに廃されていたと思われていたものを読み手に提示して、それらがこの国の民族性の根底にあることを、改めて教えてくれます。なお、コロナ感染者の激増など、開催が危ぶまれる状況になったときには、中止にしますのでご了承下さい。

 

2021年3月13日

 龍膽寺雄『シャボテン幻想』はとりやめ、辻邦生『西行花伝』(新潮文庫)を読みます。

 (コロナ緊急事態宣言のため2月13日の勉強会は中止します

 

2020年12月12日(コロナ感染者が激増したため1月9日に順延、再度2月13日に順延です)

 師走になりました。本会では今月も第329回目の勉強会を開き龍膽寺雄の『シャボテン幻想』を読みます。この随筆集は1974年に発表され、シャボテンに対する愛と共に人間との関わりを書いています。龍膽寺は、昭和初期、横光利一や川端康成らと共にモダニズム文学を代表する一人でしたが、『M・子への遺書』が当時の文壇(?)批判とされ、発表の場をなくしました。その後、サボテン研究者として世界的に有名になり、多くの著書があります。なお、新型コロナウイルスの感染者が激増し、中止の事態になることも考えられます。ご了承下さい。

 

2020年10月10日(台風接近のため11月14日に順延)

 ようやく秋になりました。本会では10月も新型コロナウイルスの予防に留意しながら第328回目の勉強会を行います。テキストは2019年刊の佐伯一麦『山海記』です。2011年3月11日の東日本大震災を体験した作者が、それから5年、各地に爪痕を残す震災や豪雨災害の地を巡り、また、大和八木から新宮までの路線バスで南朝や天誅組の遺蹟をたどりながら、1889年8月の十津川大水害や東日本大震災の半年後に起こった紀伊半島大水害での十津川の被災状況を重ね、また、震災後に自殺した幼馴染みに対する思いを馳せます。ご参加下さい。

 

2020年9月12日

 酷暑が続きますが、体調はいかがでしょうか。本会では9月も新型コロナウイルスの予防に留意しながら第327回目の勉強会を行い、2002年発表の村上春樹『海辺のカフカ』を読みます。この小説はパラレルに進展し、色々な解釈がありますが、基本はオイディプス神話を下敷きに、少年が父や母の桎梏から脱して、独り立ちするまでを書いた物語ともいえます。ご参加下さい。

 

2020年8月8日

 新型コロナウイルスの感染者が増加しています。それだけ、PCR検査が増加したということでしょうが、警戒するに越したことはありません。本会では8月もソーシャルディスタンスに留意しながら勉強会を行います。今回は昭和34年(1959)発表の城山三郎の『大義の末』を読みます。この小説は18歳で海軍特別幹部練習生として志願入隊し、その体験を核として、軍隊の理不尽さや戦後の変わり身の早い人間に対する憤りを強く表現しています。『軍艦旗はためく丘に』は敗戦直前に鳴門海峡で米軍機の銃撃で予科練生82人が死んだ「住吉丸事件」を書いています。ご参加下さい。

 

2020年7月12日(今月に限り、第2日曜日です)

 新型コロナウイルスに対する警戒感が、少し緩んできたようですが、いかがですか。本会は7月もソーシャルディスタンスに留意しながら勉強会を行います。今回は野上彌生子の『秀吉と利休』を読みます。昭和37年(1962)から翌年にかけて「中央公論」に連載されたもので、戦国の覇者豊臣秀吉と茶頭で侘茶を大成した千利休の確執をテーマとしています。利休は最後に専制君主である秀吉から自刃を命じられ、従容と死地に着くことで、逆にその権力を凌駕し、作者はそこに到る複雑な心理の動きを綿密に綴っています。ご参加下さい。

 

2020年6月13日

 新型コロナウィルス感染が落ち着き、国の緊急事態宣言の解除に伴い、「エル・おおさか」も6月1日(土)より全面再開となります。当会も再び勉強会を継続できる状況が調い、下記のとおり、再開致します。4・5月と中止となったため、6月13日(土)の勉強会は324回目となり、佐藤泰志の『海炭市叙景』を読みます。また、6月6日(土)に「異土」18号の合評会も行います。なお、「エル・おおさか」の入館時には、マスクの着用、アルコール消毒が必須で机や椅子の配置も、ソーシャルディスタンスに留意して設営したいと考えます。ご参加下さい。

 

2020年4月11日

 新型コロナウイルスの感染がパンデミックになっています。われわれも注意したいものです。本会では4月も第324回の勉強会を開き、佐藤泰志の『海炭市叙景』を読みます。佐藤泰志は1949年に函館市に生まれ、國学院大学を卒業後、芥川賞候補に五回選ばれながら、1990年に 41歳で自殺した作家で、『海炭市叙景』は彼の代表作です。故郷である函館をおもわせる海炭市という架空の地方都市に生きて死ぬ人々の哀感を、冬から春の風土のなかで、18の物語を連鎖する形で書いています。プランでは夏から秋まで続く予定だったといいますが、彼の死によって中断しました。ご参加下さい。

 

2020年3月14日

 新型コロナウイルスによる肺炎が社会問題となっていますが、如何でしょうか。本会では3月も第321回目の勉強会を開き、中野重治の『むらぎも』を読みます。この作品は昭和29年に「群像」に連載されたもので、『歌のわかれ』に続く自伝的小説です。大正から昭和の激動期に東京帝大を卒業する安吉は、新人会に参加してマルクス主義文学理論を学ぶだけでなく、労働争議にも加わり、芸術的感性の変化による未来への不安を感じながらも、プロレタリア文学運動に入っていきます。ご参加下さい。

 

2020年2月8日

 暖冬が続きますが、如何でしょう。本会では2月も第322回の勉強会をひらき、林芙美子の『放浪記』を読みます。この作品は昭和3年から「女人芸術」に断続的に掲載された第1部をはじめ、第2部と書き継がれ、何度かの改稿と発表を経て、昭和24年に第3部が発表され、翌年全3部を収録した『放浪記』が完成しました。林芙美子は翌年6月に急逝したので、『放浪記』は彼女の原点であると共に、作家生活のすべてをかけた代表作であり、文学の到達点とも言えます。幼時から行商人の母親と各地を放浪し、尾道で高等女学校を終え、恋人を頼って上京し、破局ごは、様々な職業遍歴や極貧の生活を送り、それらの体験を日々綴ったものが『放浪記』として帰結しました。ご参加下さい。

 

2020年1月11日

 今年も押し迫りました。本会では2020年も文学表現の研究に精進します。1月の第321回の勉強会では、昭和43年刊行の井上靖の『おろしや国酔夢譚』を読みます。天明2年、伊勢国白子の船頭大黒屋光太夫が遭難してアリューシャン列島まで流され、9年かけてペテルブルグでエカテリーナ2世に謁見して帰国を許され、16人の乗組員のうち光太夫と磯吉だけが寛政5年に函館に帰ります。ところが、鎖国を国是とする幕府は2人を幽閉し、光太夫は漂流民の生活を終えても流刑地に辿り着いたようだという感慨を抱きます。ご参加下さい。

 

2019年12月14日

 師走になりました。本会では12月も第320回の勉強会を開き、宇野浩二の『思い川/枯れ木のある風景/蔵の中』を読みます。この3作は宇野文学のそれぞれの時期の代表作で、昭和23年発表の『思い川』は30年におよぶ芸妓との細やかな情愛を描いた戦後の代表作で、昭和8年発表の『枯れ木のある風景』は精神的変調から立ち直った時期のもので、大正8年発表の『蔵の中』は初期の代表作です。ご参加下さい

 

2019年11月9日

 10月の勉強会が台風のため中止となったので、10月のテキスト『雲奔る小説雲井龍雄』を読みます。

 

2019年10月12日

 彼岸花の咲く頃となりました。本会では10月も第319回目の勉強会をひらき、藤沢周平の『雲奔る小説雲井龍雄』を読みます。この作品は1975年に『檻車墨河を渡る』として発表され、後に改題されました。米沢藩の雲井龍雄が勉学を志し。江戸で安井息軒の三計塾に学び、大政奉還から新政府樹立、東征と続く薩摩藩主導の武力倒幕の動きに抗して「討薩ノ檄」を書き、明治になってからは、帰順部曲点検所で士族の救済を図るが、挙兵を疑われ、反逆罪で梟首されるまでを書いています。藤沢は米沢で雲井がタブー視されていることに不審を抱き、小説にしたと「あとがき」にあります。ご参加下さい。

 

2019年9月14日

 残暑お見舞い申し上げます。本会では9月も第318回目の勉強会をひらき、吉村昭の『関東大震災』を読みます。この作品は大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災を描いた歴史小説で、『戦艦武蔵』から続く一連の業績に対して第21回の菊池寛賞が与えられました。大地震による直接的被害だけでなく、その後の火災被害が甚大で、全体で20万人という死者を出しました。さらに流言飛語が広まり、朝鮮人の大量虐殺が生じ、社会主義者の弾圧が続き、大杉栄、伊藤野枝が殺されました。吉村は両親の体験談を聞いて育ち、災害時の人間に対する恐怖感が執筆動機としてあります。ご参加下さい。

 

2019年8月10日

 暑中お見舞い申し上げます。本会では8月も第317回目の勉強会をひらき、吉田満の『戦艦大和ノ最期』を読みます。この作品は 1952年に刊行されたもので、学徒出身の海軍少尉である作者が、戦艦大和の沖縄特攻作戦に参加し、出港から米軍の猛攻で撃沈するまでを身をもって経験し、九死に一生を得て生還するまでの記録です。戦後すぐに書かれ、戦艦大和の戦争がどういうものであったかを克明に描き出し、海軍組織の実態も含めて、戦争の真実の姿を読む者に伝えています。ご参加下さい。

 

2019年7月13日

 長雨の季節となりました。本会では7月も第316回目の勉強会をひらき、瀬戸内寂聴の『余白の春』を読みます。この作品は 1972年中央公論社から刊行されたもので、幸徳事件、虎ノ門事件に続く第三の大逆事件、朴烈、文子事件の金子文子を書いた自伝的な小説です。極貧の幼少期、孤絶した朝鮮時代、社会主義者との交流からアナキスト朴烈との出会い、1923年の関東大震災後に保護検束され、天皇制に対する不遜な言動から大逆罪で死刑となり、減刑後に自殺しました。生地や朝鮮にある墓を訪ねたり、ドキュメンタリー的な手法を重ねて、彼女の23年の生涯を書いています。ご参加下さい。

 

2019年6月8日

 田植えの季節になりました。本会では6月も第315回目の勉強会をひらき、有島武郎の『或る女』を読みます。この作品は、前編が『或る女のグリンプス』として、1911年に雑誌「白樺」創刊号から1913年にかけて発表され、1919年に出版され、後編も3ケ月遅れで出されました。若い女性が自由奔放に生きて、最後は病院で寂しく死ぬ話で、女性軽視の風潮が強かった大正・昭和前期には、否定的に読まれることが多かったといえますが、女性の地位が向上した現代では、強く生きる姿が肯定されるようになり、ジェンダー論からの評価や、日本の近代文学には欠けていた純文学の評価も高まっています。ご参加下さい。

 

2019年5月11日

 新緑の季節になりました。本会では5月も第314回目の勉強会をひらき、大原富枝の『アブラハムの幕舎』を読みます。この作品は1981年に発表されたもので、強い母親に愛されて育った20代後半の女性が、祖母を殺した高校生が飛び降り自殺する場に遭遇し、社会や家族の中に居場所がない自分とエリートを自称する少年の弱さに共通するものを認識し、弱者が寄り集う「アブラハムの幕舎」という教会に身を委ねます。1979、80年にマスコミで騒がれた「イエスの方舟」事件に仮託して、居場所を求めて蒸発し「アブラハムの幕舎」に身を寄せる女性の心理を細やかに描いています。ご参加下さい。

 

2019年4月13日

 桜の季節になりました。本会では4月も第313回目の勉強会をひらき、梅崎春生の『ボロ家の春秋』を中心に読みます。梅崎は、敗戦後、兵隊の体験に基づく、『桜島』や『日の果て』などを発表し、第一次戦後派の作家とされています。彼には応召以前から日常の人間関係の危うさを描くテーマがあり、戦争も一過性の日常という現実認識で捉えています。それが戦後の世相を背景に、エゴ丸出しの人間の絡み合いを書くことにもつながります。ユーモアで柔らかく包みこんだ作品の中にも、時代によって変わることのない人間の営みが醸し出す日常性の問題を鋭く抉り出しています。ご参加下さい。

 

2019年3月9日

 春を感じる頃となりました。本会では3月も第312回目の勉強会をひらき、松本清張の『象徴の設計』を読みます。この小説は昭和37年から翌年にかけて「文芸」に連載されたもので、明治11年の竹橋騒動の再発をおそれる陸軍卿の山県有朋が、神格化した天皇を最高位に据え、そのカリスマ的支配で陸軍の統制を図るため、「軍人訓戒」や「軍人勅諭」を制定する過程を書いています。従来、この時代は自由民権運動との関わりや薩長藩閥政府を批判する側からの文学や研究は多くありますが、権力の中枢にいた山県有朋を描いたものは皆無です。少し硬い小説ですが、ご参加下さい。

 

2019年2月9日

 寒い日が続きます。本会では2月も第311回目の勉強会をひらき、矢田津世子の『神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集』を読みます。矢田は昭和19年に37歳で亡くなり、坂口安吾との関係や『神楽坂』が第3回芥川賞候補になったことが知られるぐらいで、馴染みのない作家といえます。作品も戦前の家族制度に生きる妻や妾の立場を描いたものなど、いくぶん古さは否めませんが、薄幸の女性の一途さが素晴らしい芸術品に昇華する話に見られるように、凛とした女性を描いて印象が深く、古さを感じさせない佳作も多く残しています。ご参加下さい。

 

2019年1月12日

 この1年、文学に対する考察が進んだでしょうか。本会は2019年も文学表現の勉強と創作に精進したいと考えます。1月も第310回目の勉強会をひらき、幸田文の『みそっかす』を読みます。昭和24年と翌年にかけて発表され、昭和26年に岩波書店から刊行された作品で、幸田露伴が亡くなった後に、娘から見た露伴との生活の思い出や、実母の死を経て、継母との生活、あるいは、小学校でのことなどを書き綴っています。当然、そこには事実とはちがって、脚色されたエピソードも多く、単なる自伝的エッセイではなく、創作的要素が加味された独特の表現になっています。ご参加下さい。

 

2018年12月8日

 晩秋の候。本会は12月も第309回の勉強会をひらき、萩原葉子の『天上の花ー三好達治抄ー』を読みます。この小説は昭和41年発表で、2年前に亡くなった三好達治の鎮魂の書といえますが、詩人と作者の叔母萩原アイの三国時代を描いた「慶子の手記」が赤裸々すぎて物議を醸し出しました。しかし、詩人の全体像を描くためには不可欠であり、世俗に屹立する文学の厳しさを教示しています。ご参加下さい。

 

2018年11月10日

 秋も深まりました。本会は11月も第308回の勉強会をひらき、林京子の『上海』を読みます。この小説は昭和57年「海」に連載後、翌年刊行され、第22回女流文学賞を受賞しました。作者は1歳から14年間上海に住み、51歳で上海を再訪し、旅の印象を小説に書きました。わずか5日間の旅行ですが、昭和53年から始まった改革開放政策から3年後の上海と、自分が育った戦前の上海の思い出を重ね、単なる旅行記ではなく、故郷である上海に対する深い愛惜を滲ませる文学となっています。ご参加下さい。

 

2018年10月13日

 彼岸花が咲く頃となりました。本会は10月も第307回の勉強会をひらき、大城立裕の『小説琉球処分』を読みます。この小説は昭和34年に「琉球新報」に連載され、昭和43年に刊行されました。江戸時代、琉球王国は島津藩と清国の二重の支配下にありました。明治維新後、新政府は琉球を我が国の版図に組み入れ、明治5年に琉球藩としました。この小説はその琉球藩を廃止して、明治12年に沖縄県にするまでの過程を、琉球藩内部の混乱を中心に描いています。作者はあとがきで、「歴史を書くつもりが、現代と二重写しになる気持ちをおさえることができなかった」と書いていますが、それは現代にもおよぶ沖縄県の現状にも、根柢に於いて繋がっているといえます。ご参加下さい。

 

2018年9月8日

 残暑厳しい中にも、夜は虫が煩いほど鳴いています。本会は9月も第306回目の勉強会をひらき、尾崎一雄の『暢気眼鏡・虫のいろいろ』を中心に読みます。尾崎一雄は志賀直哉の影響下で文学を始めた人で、私小説を書き続けました。『暢気眼鏡』は昭和8年発表で、小林多喜二の虐殺など重苦しい時代状況の中で、売れない作家と幼い妻の貧乏を楽しむようなユーモラスな作風が評価され、同名小説集が第5回芥川賞を受賞しました。『虫のいろいろ』は昭和23年の発表で、死と隣り合わせの長患いの私が、家の中を動きまわる蜘蛛や蠅や蚤、そして、子供も含めて、生きているものに対する愛おしさを書いています。ご参加下さい。

 

2018年8月11日

 酷暑、水害、台風と続きますが、いかがでしょうか。本会は8月も第305回目の勉強会をひらき、佐多稲子の『夏の栞』を読みます。この小説は昭和57年の発表で、3年前に亡くなった中野重治の入院から臨終前後、さらに、1年後に中野重治の遺骨を故郷福井の生家近くの墓所に納めるまでを書いています。2人の出会いは、大正15年3月ごろ中野、窪川鶴次郎、堀辰雄など雑誌「驢馬」の同人が、当時彼女が働いていたカフェーに来たことから始まります。それから50年、公私の別なく続く文学者同士の交流を、時代背景、文学運動、政治運動との関わりでを点綴しながら書いた、中野重治の追悼の書であり優れた私小説とも言えます。ご参加下さい。

 

2018年7月14日

 梅雨明け間近になりました。本会は7月も第304回目の勉強会をひらき、泉鏡花の『歌行燈』を読みます。この小説は明治43年の発表で、彼の能楽ものの代表作です。当時は自然主義文学の全盛で、鏡花は過去の作家と思われました。しかし、母方の祖父が大鼓師で、伯父も宝生流のシテ方という環境に育ち、能楽に対する関心は深く、能楽に取材した小説を書くことで苦境を脱しました。この小説は、桑名で能楽師が、破門した甥と再会する話で、甥は博多節の門付けに身を窶していました。戯作調の表現に馴染みにくいところがありますが、命を賭して芸道に生きる人々の厳しさを読み取ることができます。テキストは青空文庫に現代語訳があるので、それで読んでも結構です。ご参加下さい。

 

2018年6月9日

 杜鵑の鳴く頃となりました。本会は6月も第303回目の勉強会を開き、嘉村礒多の作品集『業苦・崖の下』を読みます。彼はわずか六年の作家活動で30数編の小説を書きましたが、今回は昭和3年に発表された代表作『業苦』『崖の下』を中心に読みます。妻子や両親を捨て、女性と駆け落ちして東京で暮らす様子を書いていますが、罪悪感や過剰なまでの感情表現と相俟って、どうしようもない人間の業をあばきたてます。そしてそれが軍国主義化が強まる昭和初期の時代相と重なり、評論家の平野謙は「私小説の一極北」と評しました。ご参加下さい。

 

2018年5月12日

 新緑の季節です。本会では5月も第302回目の勉強会を開き、色川武大の『百』を読みます。九十五歳の父親の老耄を描いた『百』、六つ違いの弟との関わりを描いた『連笑』、家を捨て無頼の生活を送る自責が猿や猫の幻影となって責める『ぼくの猿、ぼくの猫』、老人病院へ入れた九十六歳の父親を連れ戻す『永日』の四編を集めています。父親が四十代で二十ほど年の離れた母親とのあいだに生まれた長男の私、六つ違いの弟が、それぞれ屈託を抱えながら、戦前戦後を生き延び、不可思議とも思える家族愛で繋がり、夫婦、父子、母子、兄弟の物語を描いています。ご参加下さい。

 

2018年4月14日

 桜の季節です。本会は4月も第301回目の勉強会を開き、小川洋子の平成24年発表の『ことり』を読みます。メジロの鳥籠を抱いて孤独死した老人は、自閉症でポーポー語で小鳥と交感するお兄さんと暮らしていましたが、お兄さんが幼稚園の鳥小屋の小鳥を見ていて急死したあと、ずっと鳥小屋の清掃をして園児から小鳥の小父さんと呼ばれます。それも、子供の誘拐事件の風評被害を受けて出来なくなり、怪我をしたメジロを世話してポーポー語で話すようになります。現代社会の片隅でひっそりと生きて死んでいく人間を描いて物語世界を造形し人間が生きる意味を問いかけます。ご参加下さい。

 

2018年3月10日

 弥生3月です。本会も無事、第300回の勉強会を開くことになりました。今月は芹沢光治良の『巴里に死す』を読みます。昭和17年に発表され、昭和28年に仏訳も出て、世界的に高い評価を受け、ノーベル賞候補にもなりました。留学した夫と巴里で暮らす主人公が、妊娠と同時に結核を罹患し、中絶を拒んで女児を出産し亡くなります。彼女は夫の昔の恋人に嫉妬しながらも知的で自立した女性になるため精進し、その苦悩を3冊の手記に残し、20年後、娘がそれを読みます。戦前と現在では、女性の考えに大きなズレがありますが、議論で深めたいと考えます。ご参加下さい。

 

2018年2月10日

 寒い日が続きますが、いかがでしょうか。本会では2月も第299回の勉強会を開き、佐伯一麦の『渡良瀬』を読みます。平成5~8年まで文芸誌「海燕」に連載後、中断していたのを、平成25年に続きを加え刊行されたもので、昭和の終焉を時代背景に、子供の転地療養と妻との生活の立て直しのため、東京から茨城県古河市に移住した28歳の男が、配電盤の組立工として土地に根付いていく様子を描いています。佐伯一麦の文学は、普通に生きる人間の生活を、外連味なく描くことで文学として結実させ、私小説の伝統を現代に甦らせたものとして高い評価を得ています。ご参加下さい。

 

 

2018年1月13日

 2018年も目前になりました。今年は充実した一年だったでしょうか。本会では1月も第298回の勉強会を開きます。今回は中勘助の『銀の匙』を読みます。前編が大正2年、後篇が4年に東京朝日新聞に連載された自伝的な作品です。茶箪笥の抽匣から出てきた銀の匙にまつわる伯母さんや女の子との思い出を、幼児期から小学校入学ごろまでを書いた前編と、日清戦争を讃美する教師や同級生に馴染めず、兄の押付けにも反発し、伯母さんと再会や、友だちの別荘での一人暮らしなど、孤独で感受性豊かな少年の日々を書いた後編は、そこから読み取るものが実に豊富で、多様な読みが可能であり、現在まで読み継がれてきました。ご参加ください。

 

 

2017年12月16日

 寒くなりました。本会では12月も第297回の勉強会を開きます。今回は中山義秀の『咲庵』を読みます。戦国時代、美濃の斉藤義龍に所領を奪われた明智光秀は、朝倉義景の客将から織田信長に属して重用されますが、その膝下に甘んずることが出来ず、本能寺の変で信長を弑逆して天下を得るものの、羽柴秀吉に攻められて、京都山科で土民に殺されます。この作品は明智光秀の叛逆の本質をあきらかにした中山義秀の歴史小説の頂点を示すもので、高い評価を得ました。ご参加下さい。

 

2017年11月11日

 秋も深まりました。本会では11月も第296回の勉強会を開きます。今回は森田草平の『煤煙』を読みます。彼は明治41年に平塚明(雷鳥)と雪の塩原で心中未遂事件を起こし、社会的批判に曝されますが、その顛末を『煤煙』に書いて評判になり作家として認められます。しかしそれはあくまでも、男性の視点で事件を文字化したもので、女性の立場を無視しています。この後、平塚明は社会が強いる良妻賢母型の女性像を否定して「新しい女」をめざし、女性だけの文芸誌「青鞜」を創刊し、日本の女性解放運動の第一線に立ちます。ご参加ください。

 

2017年10月14日

 虫の集く音も心地よくなりました。本会では10月も第295回の勉強会を開きます。今回は木山捷平の『長春五馬路』を読みます。木山は昭和19年12月に新京(長春)へ行き、そこで敗戦を迎えました。この小説は、日本という国家の後ろ盾をなくした難民が、生き残ることさえ難しい過酷で悲惨な状況の中で、逞しく生きる姿を、作者と等身大の42歳の男を通して描いたもので、刊行されました。酷い生活をリアルに描くのではなく、ユーモアさえ感じさせる明るいトーンで書いているのが、特徴と言えます。ご参加下さい。

 

2017年9月9日

 残暑が続きます。本会では9月も第294回の勉強会を開きます。今回は瀬戸内寂聴の『美は乱調にあり』を読みます。この作品は昭和40年に発表され、関東大震災のどさくさに甘草憲兵大尉に殺されたアナーキスト大杉栄と伊藤野枝を中心に、大正時代の「新しき女」を描いています。野枝の生い立ちから英語教師で後のダダイストの辻潤との生活と破綻。野枝は大杉に走りますが、彼を金銭的に支えていた神近市子が嫉妬から彼を刺す日陰茶屋事件が起こります。なお、昭和59年発表の『諧調は偽りなり』は続編で、大杉栄の生い立ちから甘粕事件までを書いています。ご参加下さい。

 

2017年8月12日

 暑い日が続きます。本会では8月も第293回の勉強会を開きます。今回は石川達三の戦争小説『生きている兵隊』を読みます。彼は昭和12年12月からひと月南京陥落直後の中国を取材して、戦争の真の姿を伝える意図でこの小説を書き、3月の中央公論に発表しましたが、軍部の激怒を買い、即時発売中止、禁固4カ月執行を猶予3年の実刑を受けました。われわれが読むことができるようになったのは敗戦の年の十二月ですが、本年8月15日で72回目の終戦記念日を迎え、この作品を読んでその背景を考えたいと考えます。ご参加ください。

 

2017年7月8日

 ようやく梅雨らしくなりました。本会では7月も第292回の勉強会を開きます。今回は平成2年発表で第103回芥川賞を受賞した辻原登の『村の名前』を読みます。商社マンが畳表を買い付けに行った桃源県桃花村は陶淵明の詩にある古い村で、観光開発を優先する村の幹部は古い文物の一掃を図り、反対派は香港へ脱出を企てます。この小説の発表は天安門事件の2年後で、改革開放の矛盾を突きつけますが、その後の中国の劇的変化は日本人の古い中国観を否応なく越えて行ったといえます。ご参加下さい。

 

2017年6月10日

 紫陽花の頃となりました。本会では6月も第291回の勉強会を開きます。今回は松下竜一の『豆腐屋の四季』を読みます。母を亡くして、家業の豆腐屋を継いだ30歳の青年が、昭和42年11月から1年間、生活を短歌に読んで朝日歌壇に投稿する日々と、その背景をなす生活を綴ったもので、TVドラマにもなって広く知れわたりました。その後、松下は冤罪事件や反公害運動などに主体的に関わるようになりますが、その原点は、つねに、生活者や弱者の立場にあり、そこから権力に対して異議を申し立ててきました。ご参加下さい。

   (出席者に同人誌「異土」14号をお渡しします)

 

2017年5月13日

 新緑が美しい頃です。本会では5月も第290回の勉強会を開きます。今回は遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』を読みます。戦後間もないころ、貧乏学生が遊びで抱いた女工の森田ミツは自分を棄てても相手に優しさを与える女性で、会社員になった男と再会したあと、ハンセン病で入院します。ミツは修道尼の献身的な看護に接し、誤診とわかっても、自分も病院に残りますが、交通事故で亡くなります。軽い筆致ながら、ハンセン病の看護に一生を尽くした井深八重にヒントを得て「無償の愛」に生きる女性を描きます。モラルハザードの風潮に馴らされて久しい現代、遠藤が描く「聖女」の意味を共に考えたいと思います。ご参加ください。

 

2017年4月8日

 花の季節が来ました。本会では4月も第289回の勉強会をひらきます。今回は堀辰雄の『風立ちぬ・美しい村』を読みます。第一次大戦後の西欧の新心理主義に学んだ堀辰雄は、芥川龍之介の自殺を受けた昭和5年の『聖家族』で文学的に出発し、昭和8年の『美しい村』で、軽井沢の自然のなかで新しい生き方と一人の少女との愛を見い出し、昭和11~13年の『風立ちぬ』で、サナトリウムに入った少女(婚約者)に付き添い、その死を見つめ、それを乗り越えて共生する鎮魂の思いを小説にしました。そうした堀辰雄の文学が現代の読み手に何を伝えるかを共に考えます。ご参加ください。

 

2017年3月11日

 修二会の頃となりました。本会では3月も第288回の勉強会をひらきます。今回は黒島伝治の『渦巻ける烏の群、他3編』を読みます。これらは大正末年から昭和初年に発表されたもので、貧者の悲劇と抵抗、シベリアでの戦争や軍隊内部の理不尽さを書いています。黒島はチェーホフや志賀直哉を学んだ人で、事実に真実を語らせる写実的手法で物語を組み立て、プロレタリア文学という枠を越え、文学としての確かな広がりをご参加ください。

  (勉強会終了後、浅田高明、松山愼介の出版を祝う会を行います)

 

2017年2月11日

 梅の咲く頃となりました。本会では2月も第287回の勉強会をひらき、野口冨士男の『風の系譜』を読みます。この小説は作者28歳の昭和14年に発表されたもので、芸者の母をモデルに、明治30年代から大正11年の関東大震災前までの時代を花柳界を生きた女とその家族を書いています。野口は若い頃から秋聲の影響を受け、この小説でも、単なる私小説というより、一定の時代相の下に生きた母の生き様を、客観的に描き出しています。ご参加下さい。 

 3月ごろ、松山愼介『「現在」に挑む文学 村上春樹・大江健三郎・井上光晴』(響文社)及び、浅田高明『「生命」と「生きる」こと ハンセン病を巡る諸問題を視座として』の出版記念会を行う予定です。

 

2017年1月14日

  今年も押し迫ってきました。この一年、共に文学を語る濃密な時間を送ることができました。本会では、2017年も文学表現を目ざし、1月の第286回の勉強会は、永畑道子の『恋の華・白蓮事件』を読みます。昭和57年の発表のこの評伝は、大正10年の筑豊の石炭王伊藤伝右衛門の妻燁子の出奔事件、いわゆる白蓮事件から書き起こし、柳原伯爵の庶子に生まれた柳原白蓮が、伝右衛門との再婚、宮崎竜介との再々婚、さらに、昭和42年に81歳で死ぬまでの生涯を綿密な取材で裏付け、女性の自立を目ざした実像を浮びあがらせます。ご参加下さい。

 

2016年12月10日

 師走の候となりました。本会では12 月も第285回目の勉強会を行います。今回は昭和31年発表の石川淳の『紫苑物語』(昭和33年の『八幡縁起』『修羅』を含む)を読みます。これらの物語は、彼の長い作家活動の中期を代表するもので、それぞれの人物に無道(阿修羅)を託して乱世を生き抜く力を与え、歴史と激しく切り結ぶ物語世界を紡ぎ出し、高い評価を得ました。ご参加ください。

 

2016年11月12日

 紅葉の頃となりました。本会では11月も第284回目の勉強会を行います。今回は昭和63年発表の田中小実昌の『アメン父』を読みます。この小説は、作者の父である田中種助の信仰が「アメン」にさしつらぬかれていたことを書いたオマージュといえます。種助はアメリカのシアトルで洗礼を受け、帰国後、バプチスト系の東京学院で学んで牧師になり、天来の霊感に触れる経験を経て、名前を「遵聖」と変え、広島県呉市に「アサ会」という十字架のない独立教会を立ち上げました。ご参加下さい。

 

2016年10月8日 

 彼岸花の咲く頃となりました。本会では10月も第283回目の勉強会を行います。今回は昭和49目発表で第71回の直木賞を受賞した藤本義一の『鬼の詩』を読みます。明治の上方の落語家、桂馬喬の芸に賭ける執念と厳しさを描いたもので、二代目の桂米喬をモデルにしています。米喬は初代桂春團治にも影響を与えたほど人気を博した落語家だったといいますが、それをエキセントリックな人物像に仕立てたのは、映画監督の川島雄三を描いた『生きいそぎの記』とも共通する、作者藤本義一の文学を含めた芸道に対する厳しさを反映したものといえるでしょう。ご参加下さい。

 

2016年9月10日

 稲穂が黄金色になりました。本会では9月も第282回目の勉強会を行います。今回は昭和48年に第5回日本文学大賞を受賞した武田泰淳の『快楽(けらく)』を読みます。この小説は自伝風に書かれたフィクションで、19歳の僧侶の柳覚が、仏教の平等主義の理念と寺院組織の矛盾に悩み、平等主義の実践としての政治活動にも加わりますが、警察の弾圧や先鋭化する運動から脱落し、また、青年期特有の性の問題などが絡み、世俗の快楽から脱け出して仏弟子としての快楽(けらく)を目指しますが、テーマがひろがりすぎて、身体的疲労も重なり中断を余儀なくされます。ご参加下さい。

 

2016年8月13日

 夏本番。熱中症にご注意を。本会では8月も第281回目の勉強会を行います。今回は昭和24 年発表の加藤周一の『ある晴れた日に』を読みます。戦時中、青年医師と避暑地に逃れた厭戦的な疎開者との関わりを書いたもので、ある晴れた日に始まった戦争が、ある晴れた日に終わったといくぶん達観的に捉え、ほとんどの国民が不本意にも逃げ場のない生死の瀬戸際に立たされたことを思えば、少し緊迫感に欠ける誹りは免れませんが、戦争と平和を考え直す手掛かりを与えてくれます。ご参加ください。

 

2016年7月9日

 梅雨明け間近になりました。本会では7月も第280回目の勉強会を行います。今回は大正15年発表の葉山嘉樹の『海に生くる人々』を読みます。第一次世界大戦後の好景気を背景に、過重積載の石炭運搬船で、過酷な労働を強いるだけでなく、怪我をしても放置するだけの船長の非情さに、船員たちがストライキで立ち上がります。作者が刑務所収監中に体験を元に書き、小林多喜二の『蟹工船』にも影響を与えています。プロレタリア文学の秀作といわれ、図式的な捉え方に時代を感じますが、自然描写や人物造形の卓抜さで、現在でも読み継がれる作品の生命力を持っています。ご参加下さい。

 

2016年6月11日

 梅雨前の暑い日が続きます。本会では6月も第279回目の勉強会を開きます。今回は大正11年に発表された野上弥生子の『海神丸』を読みます。その5年前に実際に発生した貨物船の遭難事故を題材としたもので、飢餓に追いこまれた極限状態の人間がどのような行動をとるかといった問題を突きつけています。4人の乗組員のうち2人が若い船員を食べようとして殺し、食べることが出来なかった顛末を書いています。発表後50年ほどして『「海神丸」後日物語』が付記され、カニバリズムの可能性を示唆しています。ご参加ください。

 

2016年5月14日

 新緑が美しい頃となりました。本会では5月も第278回目の勉強会を開きます。今回は三浦哲郎の自伝的大作『白夜を旅する人々』を読みます。この小説は、青森のある町の呉服屋一家の過酷な運命を書いたもので、6人の子供のうち長姉と三女がアルビノ体質で生まれ、そのことが他の兄妹に影響し、受験に失敗した次女が投身自殺をし、長兄が失踪、長姉も服毒自殺をします。そうした兄姉の悲劇を、作者のモデルの三男の成長をまじえて客観的に描く手法で、私小説の範疇を越える物語世界を創り出しています。ご参加ください。

 

2016年4月9日

 桜の季節になりました。本会では4月も第277回目の勉強会を開きます。今回は澤地久枝の『密約外務省機密漏洩事件』を読みます。このノンフィクションは、昭和46年に生じた外務省機密漏洩事件、いわゆる西山事件をテーマとするもので、沖縄の返還にあたり、日本が米軍用地復元費用を肩代わりする密約があったという問題を、外務省事務官と毎日新聞記者のスキャンダラスな事件に矮小化し、事件の本質を隠蔽した経緯をあきらかにします。ご参加下さい。

 

2016年3月12日

 寒い中にも春の気配を感じます。本会では3月も第276回目の勉強会を開き、平成10年発表の平野啓一郎の『日蝕』を読みます。この小説は、15世紀フランスを舞台に、キリスト教と古代哲学の融合を志す修道士がリヨン近郊で錬金術師と出会い、彼が匿う両性具有者が人心を惑わし天災をもたらすものとして魔女裁判で火刑に処され、そのとき日蝕が始まり、灰の中に金塊のような物質を残す。修道士は、後年、彼はキリストの再臨ではないかと思う、という物語で、擬古文調べ、いくぶんペダンチックながら、西欧文明の解らなさを具現した感じがないでもありません。ご参加ください。

 

2016年2月13日

 寒い日が続きますが、本会では2月も第275回目の勉強会を開き、水上勉の『金閣炎上』を読みます。この小説は昭和54年に発表され、昭和25年7月に起こった金閣寺放火事件を扱っています。三島由紀夫も『金閣寺』を書いていますが、作者の理屈に事件を従わせる傾向が強く、水上では郷里も近く自分の境遇によく似た犯人の林養賢に同情以上の共感を抱き、生い立ちから家庭環境、吃音、寺での生活、事件の経過、裁判記録など、詳細に事件を追跡調査して、林養賢の心情に寄り添いながら事件の全容を描き出しています。ご参加下さい。

 

2016年1月9日

 年末の慌ただしい時期になりました。今年1年有り難うございました。本会では2016年も毎月1回の勉強会を開きます。1月の第274回目の勉強会は、昭和46年発表の金子光晴の『どくろ杯』を読みます。この回想的な長編エッセイは、関東大震災後に森三千代と出会い、昭和3年から日本を脱出して上海へ渡り、困窮に徘徊しながら東南アジアを廻って旅費を工面し、三千代をフランスへ送り出し、自分も後を追うまでを書きます。金子の旅は4年間にもおよび、それ以後の経過は、『ねむれ巴里』『西ひがし』と書き継がれます。ご参加ください。

 

2015年12月12日

 師走を前に寒くなりました。本会では12月も第273回目の勉強会を開きます。今回は昭和40年刊行の庄野潤三『夕べの雲』を読みます。小山の上に住む5人家族の秋から冬にかけての日常を連続エッセイ風に書いたもので、江藤淳は「治者の文学」などと評しましたが、やがては宅地開発の波で自然が失われる予兆に、庄野文学の特徴である<日常の不安定性><時間の不帰性>が感じられます。ご参加下さい。

 

2015年11月14日

 今年は寂しい秋になりました。莫覚さんの冥福を祈ります。11月の例会後、偲ぶ会があります。第272回目の勉強会は昭和42、3年発表の永井路子の『北条政子』を読みます。伊豆の豪族の娘として生まれた政子が源氏の武家政権三代を支える葛藤をえがき、その後は京都の貴族政権との対立を経て執権政治を確立します。作者は従来の女丈夫とかの悪いイメージを否定し、激動の時代を生きた鎌倉女性の典型として政子を描いています。ご参加下さい。

 

2015年10月10日

 昨今の自然の猛威には心が痛みます。本会では10月も第271回の勉強会をひらき、森崎和江の『からゆきさん』を読みます。このノンフィクションは、明治から昭和前期にかけて海外で娼婦になった「からゆきさん」の実態をあきらかにしたもので、その存在を広く世に知らしめました。同じテーマの作品には山崎朋子の『サンダカン八番娼館』が有名ですが、森崎は彼女にも大きな影響を与えています。この国の近代の歴史の中で、社会の底辺を支えたこうした「からゆきさん」の存在を忘れてはならないと考えます。ご参加下さい。

 

2015年9月12日

 残暑御見舞申し上げます。本会では9月も第270回目の勉強会を開きます。今回は島村利正の『奈良登大路町・妙高の秋』を読みます。この短篇集には昭和19年から歿年の昭和56年までに発表された8編が収められ、信州高遠に生まれ、奈良の古美術関係の出版社飛鳥園で働き、後に東京へ出て統制団体に勤めるなど、紆余曲折に富む人生の時々に出会った人々を、深い共感を以って描き出し、その確たる生(レーベン)の在りようまでも表現し、古風ながらも存在感のある作品を残しています。ご参加下さい。

 

2015年8月8日

 酷暑が続きます。本会では8月も第269回目の勉強会を開きます。今回は昭和57年発表の井上光晴『明日 一九四五年八月八日・長崎』を読みます。この小説はサブタイトルにあるように8月8日から翌日の早朝まで、浦上地区などで暮らす人たちの結婚から出産までの日常を書いたもので、8月9日午前11時2分に米軍の原爆投下によって一切が破壊されてしまいます。作者の想像力が人々の戦時の日常を描くことに力点を置き、それが書かざる原爆投下の意味をより強く読み手に印象づけます。ご参加下さい。

 

2015年7月11日

 紫陽花が美しい頃となりました。本会では7月も第268回目の勉強会をひらきます。今回は昭和23年発表の大佛次郎『帰郷』を読みます。海軍の将校だった男が、公金横領の罪をかぶって妻子を捨てて海外に逃亡し、敗戦直前のマラッカでスパイ容疑で逮捕され、戦後、18年ぶりに日本に帰っても居場所がなく、娘に再会後日本を去るというストーリーで、エトランゼの眼をとおして、変わらざる日本の伝統文化と対比させながら、激変した敗戦後の日本の世情や日本人を批判しています。ご参加下さい。

 

2015年6月13日

 杜鵑の鳴く頃となりました。本会では6月も第267回目の勉強会をひらきます。今回は昭和47年に刊行された井上靖『後白河院』を読みます。後白河院は29歳で第77代の天皇になり、在位3年で譲位しますが、以後34年にわたって院政を行いました。この小説は政治の実権が公家から武家へと転換する激動期に、何度となく危機を乗り越えて生きたその半生を、平信範、建春門院中納言、吉田経房、九条兼実の4人に語らせる形で描き、複雑な人間性を含めて、井上靖流に解釈された後白河院の姿を提起しています。ご参加下さい。

 

2015年5月9日

 新緑の美しい頃となりました。本会では5月も第266回目の勉強会をひらきます。今回は平成5年発表の吉目木晴彦の『寂寥郊野』を読みます。この小説は朝鮮戦争時にアメリカ兵と結婚し、いわゆる「戦争花嫁」として南部ルイジアナに住む幸恵が、60代半ばにアルツハイマー病を発症する話を軸に、閉鎖的な深南部に30年以上も住んだ心労や夫の事業の失敗で資産のすべてを失う苦労が重なり、幸恵は夫に禁じられていた日本語で話し出しますが、夫には理解できません。国際結婚と高齢化の問題は現代でも大きな意味を持っています。ご参加ください。

 

2015年4月11日

 桜の季節となりました。本会では4月も第265回目の勉強会をひらきます。今回は平成6年刊行の吉村昭『天狗争乱』を読みます。幕末維新に大きな影響を残した水戸藩尊王攘夷派の激派(天狗党)は元治元年三月に筑波山で蜂起し、京の一橋慶喜に攘夷実行を訴えるため西上しますが、慶喜が追討軍総督であると知り、越前国新保宿(敦賀市)で投降し、天狗勢823名のうち352名が処刑され、慶喜と幕府の権威が失墜します。吉村昭の歴史小説は史実を正確に書くだけでなく、時代の空気感まで表現した点が高く評価されています。ご参加下さい。

 

2015年3月14日

 梅の花が咲く頃となりました。本会では3月も第264会目の勉強会をひらきます。今回は長谷川四郎の『シベリヤ物語』を読みます。底本は昭和27年(1952)発行の初版8編に3編を加えた長谷川四郎作品集Ⅰに収載されたものです。彼は昭和20年から昭和25年まで約4年半シベリヤに抑留され『シベリヤ物語』や『鶴』などにまとめられる短編を発表しました。この連作短編は、過酷な労働に従事した虜囚生活をそのまま書くのではなく、シベリヤに生きる人々の姿を正確な観察に基づく的確な表現で描き出し、それぞれの運命まで洞察させる好印象を与えます。ご参加下さい。

 

2015年1月10日

 年の瀬も押し迫ってきました。本会では2015年も決意を新たにして、文学表現に精進したいと思います。1月の第262回の勉強会には、大正4年発表の高浜虚子『柿二つ』を読みます。この作品は、正岡子規の歿後13年たって書かれたもので、近代俳句の革新を進めた子規の晩年の5年間を題材にして、彼の死に至るまでの様子を冷静な筆致で書きあらわし、子規との人間的文学的葛藤を抱えながらも、子規の文業を継承し発展させていく虚子の立場を、明らかにしています。ご参加下さい。

 

2015年2月14日

 世情不安が続きます。本会では2月も第263回目の勉強会をひらきます。今回は昭和49年発表の三木卓の『震える舌』を読みます。作者の体験を元に書かれたこの小説は、幼い娘と破傷風という病魔との闘いや、介護する両親の狼狽や焦燥、極度の看病疲れからくる精神的不安や感染疑惑、さらに、致死率の高い破傷風から小児を救うために奮闘する医師たちの姿を通して、平凡な家庭に降りかかった危機を描き、人間の脆弱さや無力感、一方で、それに立ち向かう強さを感じさせます。ご参加下さい。

 

2014年3月8日    横光利一『上海』(岩波文庫)

 

 梅の咲く頃となりました。本会では3月も下記のとおり、第252回勉強会を開きます。

 今回は昭和7年に発表された横光利一の『上海』を読みます。横光は昭和3年に上海へ行っていますが、帰国後、その体験を元に『ある長編』の連作を書き継ぎました。この小説はそれに加筆訂正して発表したもので、大正14年に起こった五・三〇事件の上海を小説の場として、その掃き溜めのような海港都市に生きる日本人たちの姿を中心に、横光特有の新感覚派的表現を駆使して描いています。ご参加下さい。

 

2014年4月12日   竹西寛子『山川登美子』

 桜の頃となりました。本会では4月も下記のとおり、第253回勉強会を開きます。

 今回は昭和60年発表の竹西寛子の『山川登美子』を読みます。山川登美子は与謝野鉄幹主宰の「明星」で活躍した、鳳晶子(与謝野晶子)と並び称せられる歌人ですが、薄幸な結婚の後、わずか三十歳足らずで亡くなりました。竹西は、彼女の挽歌の特質に焦点をあてながら、その生涯をたどり直し、短歌の成熟という観点から、この夭折の歌人の意味を考え、評伝と評論を融合した新しい境地を開きました。ご参加下さい。

 

2014年5月10日   深沢七郎『笛吹川』

 新緑の頃となりました。本会では5月も下記のとおり勉強会を開きます。今回は昭和33年発表の深沢七郎『笛吹川』を読みます。この小説は、戦国時代の甲斐の国で笛吹川のたもとにあるギッチョン籠と呼ばれた貧しい農民の六代にわたる歴史を書いたもので、信虎から勝頼まで武田家の盛衰と共に生き、そして、翻弄され、それを笛吹川の自然の脅威と同様に甘受して、生き死にを繰りかえす一族の命運を、残酷ともいえる乾いた筆致で書き綴り、無数の土民の生き様を通して時代相まで描き出しています。ご参加下さい。

 

2014年6月14日   宇野千代『色ざんげ」

 梅雨の季節となりました。本会では6月も下記のとおり、第255回の勉強会を開きます。今回は、昭和10年発表の宇野千代の『色ざんげ』を読みます。この小説は、フランスからの帰朝そた画家の東郷青児が、妻とは別の3人の女性と交際した話を、その後一緒に暮らした作者が聞き出して小説としたものです。二科会での東郷青児の活躍や進歩的な女性としての宇野千代の関わりなど、ゴシップ的な意味で話題を呼んで読まれてきましたが、時代が変わってこの男女の愛憎劇から何を読み取ることができるか、話し会いたいと思います。ご参加下さい。

 

2014年7月12日   川上弘美『真鶴』

 梅雨明けが近づき日差しが強くなりました。本会では7月も下記のとおり、第256回勉強会を開きます。今回は、平成18年発表の川上弘美の『真鶴』を読みます。夫が失踪して12年になる45歳の女が、自分の分身みたいな女に誘われるように、夫の日記にあった真鶴を訪ね、何度も足を運ぶうちに夫が失踪した事実を受け入れ1年後に失踪宣言をして決着をつけ、精神的な安定を得ると女も消えてしまうというストーリーで、精神的に不安定な現代人の心理状況と重なって、読むものを小説世界へ引き込んでいきます。ご参加下さい。

 

2014年8月9日    堀田善衞『方丈記私記』 

 酷暑が続きます。本会では8月も下記のとおり第257回勉強会を開きます。今回は昭和46年発表の堀田善衞『方丈記私記』です。これは戦後26年たって前年の三島事件に見られる復古主義的傾向が強まる中で書かれたもので、昭和20年3月の東京大空襲の体験から見出した鴨長明『方丈記』における記録文学的意義を明らかにし、隠者の無常観のみで捉えられた長明の時代を見る目の確かさを描き出しました。転変地変の記録は現代にも通じ、平成23年3月11日の東日本大震災やそれに続く原発事故のあとの『方丈記』再読の機運に先駆け、堀田の時代観の正しさを示しています。ご参加下さい。

 

2014年9月13日    小島信夫『墓碑銘』

 法師ゼミの鳴く頃となりました。本会では9月も下記のとおり第258回勉強会を開きます。今回は昭和34年5月から翌年2月まで雑誌「世界」に連載された小島信夫の『墓碑銘』を読みます。日米開戦の頃、白人と同じ外形のために軍隊になじめないアメリカ系日本人の青年が、異父妹の献身的な支えもあって日本軍人として一人立ちし、レイテ戦では、外形のみを利用されて斬込作戦のオトリとなり、最後、米軍の服も日本軍の服も脱ぎ捨て、裸の人間として米軍の小銃の前に立ちます。主人公の状況は、戦後、西欧文明の下に生きてきた現代の日本人が、戦争に直面するときの近未来の問題を提起しているともいえます。ご参加下さい。

 

2014年10月11日    鈴木三重吉『桑の実』

 漸く秋らしくなりました。本会では10月も下記のとおり第259会の勉強会を開きます。今回は大正2年発表の鈴木三重吉の『桑の実』を読みます。彼は夏目漱石門下で、童謡と童話の雑誌「赤い鳥」の発行で有名ですが、その前には小説も書いており、『桑の実』はその代表作といえます。肉親の縁の薄い娘が、カフェ―の女主人の紹介で、妻と別れて小さな男の子と暮らす画家の家に臨時に手伝いに行き、画家や男の子とも馴染んで平穏な日々が続くうちに、新しい婆やが見つかって、画家に惜しまれながら帰って行くという話で、清潔で透明感のある印象を残し、のちの児童文化運動の活躍にも繋がる特徴を見ることができます。ご参加下さい。

 

2014年11月8日     永井荷風『夢の女』

 勉学の秋本番。本会では11月も下記のとおり第260回の勉強会を開きます。今回は明治36年に永井荷風が23歳で発表した『夢の女』を読みます。明治維新後、岡崎藩士の娘が女中から妾になり、主人の死で家へ帰され、詐欺容疑の父の借金のために、洲崎遊郭の花魁になります。その後、相場師に身請けされ、料亭の女将として生活が安定し、親や子供を呼び寄せますが、妹は役者と駆け落ちし、昔を懐かしむ父は妹を捜す途中に事故で死に、女は生活と戦う意気と精力を無くします。前年発表の『地獄の花』同様、師事した広津柳浪や、さらにはエミール・ゾラの自然主義思想が色濃く反映し、彼の文学展開の礎ともなる作品です。ご参加下さい。

 

2014年12月13日

 晩秋の候。本会では12月も下記のとおり第261回の勉強会を開きます。今回は明治42年発表の岩野泡鳴『耽溺』を読みます。国府津へ脚本を書きに行った僕が、料理屋の抱え芸者の吉弥と馴染みになり、自分の芝居の女優にしようと金を出して東京に帰しますが、彼女が梅毒性の眼病に罹っていて、関係を断つというストーリーで、耽溺というわりには、女にも状況にもそれほど耽溺できない弱点があります。泡鳴はこの作品が評判を取って自然主義の作家としての地歩を確かなものにし、次の泡鳴五部作を書き継ぐことになります。ご参加下さい。